証言記録 東日本大震災 DVD-BOX2 全6枚

商品番号:18133AA
販売価格 12,960円(税込)
DVD
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2011年3月11日。あの日何があったのか。人々は何を考えどう行動したのか。震災を様々な角度から記録する一環として被災者の“あの日、あの時”を証言でつづる。

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2012年1月より、NHK総合テレビで放送している「証言記録 東日本大震災」。
震災を様々な角度から記録する一環として、被災者の“あの日、あの時”を証言でつづる。


2011年3月11日。あの日、何があったのか。人々は何を考え、どう行動したのか…。
「証言記録 東日本大震災」は、未曾有の大震災に向き合った被災者たちの格闘の記録であり、鎮魂の記録です。家族を失い、生まれ育った地域を失い、その生き様を支えてきた文化さえも失ってしまった人たち。私たちは、この大震災にどう向き合えばよいのか、そこから何を見出していくべきか、「証言記録」は、それを考えるヒントを与えてくれるはずです。



【収録内容】
■第7回 岩手県山田町 ~それでも海に生きる~
岩手県山田町は、カキやホタテの養殖に力を入れてきた漁業の町である。なかでも殻がついたままで出荷する大粒のカキは全国一の生産量を誇っていた。あの日の大津波で船や養殖のいかだなど漁業が受けた被害は2百億円をこえ、山田湾では漁船の8割近くが失われた。船が助かった漁師たちの中には、収入の柱であった養殖の代わりに、当面漁で生計をたてる人もいる。海がもつ怖さを知り、傷つきながら、それでも海とともに生きていこうとする人々の証言を記録する。

■第8回 宮城県山元町 ~“ベッドタウン”を襲った津波~
太平洋に面する市町村の中で、宮城県の最南部に位置する山元町。ほぼ直線の平らな海岸線を持つこの町では、総面積のおよそ4割が浸水し、2000戸以上の家屋が全壊、600人余りの人々が命を失った。
震災前まで、沿岸の平野部には、農地と住宅地が広がっていた。仙台との距離はおよそ35km。かつては海沿いを常磐線が走り、仙台駅までの所要時間は40分余りだった。もともと農業が基幹産業だった山元町だが、交通網の発達に伴い、震災前には、仙台などの都市部に通う通勤者・通学者にとっての、いわゆる「ベッドタウン」となっていた。
震災が起こったのは、金曜日の昼下がり。多くの人が町の外に働きに出ていた中、町に残っていたのはお年寄りや子どもたちだった。ある老夫婦は、働く娘夫婦から預かっていた幼い孫娘の命を守ろうとした。町の外で働いていたため、津波が迫る中、家族の元に駆けつけられなかった人は少なくない。働き盛りの世代が少ない状況の中で、懸命に命を守ろうとした人々の証言を記録する。

■第9回 福島県三春町 ~ヨウ素剤・決断に至る4日間~
東京電力福島第一原発から西に50Kmに位置する福島県三春町。原子力災害とは無縁だったこの町で、震災4日後の3月15日、安定ヨウ素剤が住民に配られ服用が促された。
この薬は放射性ヨウ素から体を守る効果を持つ重要な薬であったが、服用には国もしくは県の指示が必要とされていた。情報が錯そうする中、三春町の職員たちは独自に調査を行い、独自の判断で服用の指示を決意する。その葛藤から決断にいたる4日間の証言を伝える。



■第10回 岩手県宮古市 ~三陸鉄道を襲った大津波~
岩手県の海岸に沿っておよそ100Kmを走る三陸鉄道。通称“さんてつ”の名で親しまれ、昭和59年の開業以来28年にわたって地元の人々の足として活躍してきた。
3月11日、大津波は鉄路や駅舎を破壊した。しかし、宮古市にある“さんてつ”の本社は一日も早い運行再開を決意、震災翌々日から復旧に動き出す。職員たちは不眠不休で工事計画を立て、修復材の手配を行い、再開前には壊れた踏切には職員が信号の代わりに立って安全を確認した。そして3月20日、震災後はじめての列車が宮古駅を出発した。
被災直後の混乱の中、市民の足を守るために格闘した鉄道マンたちの思いを描く。

■第11回 宮城県気仙沼市 ~津波火災と闘った島~
リアス式特有の海岸と美しい砂浜で知られ、「緑の真珠」と例えられてきた気仙沼大島。東日本大震災のとき、重油が流れ出した気仙沼湾の火災が大島にも燃え移り大規模な山火事に発展した。津波で本土との連絡手段のほとんどを失った島の人々は、鎮火まで4日半にわたる孤独な闘いを強いられた。消防士も消防団も疲労困ぱいする中、300人以上の住民たちが立ち上がり、スコップや杉の板で火をたたき消したり、可燃物を取り除き防火帯を作ったりして、消火作業に協力した。
これまで全く想定されていなかった複合災害に、島民はどう立ち向かったのか。島を守り通した人々の7日間を記録する。

■第12回 福島県浪江町 ~津波と原発事故に引き裂かれた町~
東日本大震災によって、184人の死者・行方不明者を出した浪江町。請戸地区を中心とする沿岸部は、津波によって住民の1割が亡くなった。余震が続く3月12日早朝、福島第一原発から10km圏内に避難指示が出される。それは被災者に、家族の安否が分からないまま逃げなければいけないという、酷な選択を迫るものだった。
町民の必死の訴えによってようやく捜索が始まったのは、震災から一か月後の4月14日。長く放置された遺体は変わり果て、家族にも判別が困難な状態だった。遺族たちは、今も肉親を残して避難したことへの自責の念に苦しんでいる。これまでに例のない巨大津波と原発事故の二重災害に見舞われた浪江町の人々。その壮絶な体験を、証言によって記録する。

○2012年 放送

*DVD6枚組
*収録時間253分/画面サイズ16:9/ステレオ・ドルビーデジタル/カラー



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