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海外ドキュメンタリードラマ 

Space Race 宇宙へ 〜冷戦と二人の天才〜
DVD
Space Race 宇宙へ 〜冷戦と二人の天才〜
税込価格 9,870円
商品番号 10259AA
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声の出演
ナレーター:谷口 節
フォン・ブラウン:森田順平
セルゲイ・コリョフ:石塚運昇 ほか
日本語版制作 監修:渡辺勝巳(宇宙航空研究開発機構)

宇宙を飛び立つ―それは長い間夢物語に過ぎなかった。しかしその夢を実現するためにすべての情報をかたむけた二人の科学者がいた。宇宙を飛び立つ―それは長い間夢物語に過ぎなかった。しかしその夢を実現するためにすべての情熱をかたむけた二人の科学者がいた。
ひとりはセルゲイ・コロリョフ。強制収容所からソビエトの宇宙開発のため釈放された。彼のライバルはベルナー・フォン・ブラウン。先見の明を持った宇宙のパイオニアだが、ナチ党員という過去を背負っていた。
二大国の争いに巻き込まれていく二人の夢…二人は技術の限界にしばられることなく未来を描いていた。人類史上最大の挑戦―勝者はどちらかひとり…。


vol.1
第1回 「ロケット開発」(RACE FOR ROCKETS)
第二次世界大戦末期、敗色濃厚だったナチス・ドイツが最後の望みを託したのが、フォン・ブラウン博士が開発したV2ロケットであった。アメリカもソビエトも、V2ロケットの性能を知り、フォン・ブラウンとV2ロケットを手に入れようと血眼になる。フォン・ブラウンは、ロケットの研究開発のためにアメリカへ投降することを選ぶが、ナチの党員であり親衛隊員だったという過去を負っていた…。一方ソビエトは、アメリカに対抗するために白羽の矢を立てたのが、セルゲイ・コロリョフであった。彼はスターリンの大粛清によって無実の罪で強制労働収容所に入れられていたが、釈放されたコロリョフは新型ロケットを開発、打上げ実験を成功させる。第二次世界大戦後、米ソを二極とする冷戦に突入したが、宇宙開発においても激烈な戦いが始まった。そしてその初期、リードしたのはコロリョフ率いるソビエトであった。

第2回「衛星開発」(RACE FOR SATELLITES)
冷戦の時代、二つの超大国アメリカとソビエトは軍拡競争に走り、1950年代に入るとそれぞれ水爆実験を行った。アメリカは宇宙開発にそれほど興味がなく、フォン・ブラウンは活躍の場を与えられずに苦悩していた。一方ソビエトは、水爆の弾頭を搭載できるR7ロケットの開発がスタート。コロリョフはそれを人工衛星の打上げにも利用しようと考えるが、ソビエトの宇宙開発はあくまでも軍事優先であった。しかしついにフルシチョフが人工衛星開発を許可し、開発競争でフォン・ブラウンをリードする。1957年10月には人類初の人工衛星スプートニクを、同11月にはライカという犬を乗せたスプートニクの打上げにも成功したのだった。衝撃を受けたアメリカは、フォン・ブラウンによって1958年1月末に、人工衛星エクスプローラ1号を打ち上げることに成功する。米ソの宇宙開発競争は、ますます激しさを増していく。

vol.2
第3回「有人宇宙飛行」(RACE FOR SURVIVAL)
1959年に入ると、アメリカとソビエトは「世界初の有人宇宙飛行」をどちらが先に達成するかを競い合うようになる。それまでソビエトにリードを許していたアメリカはNASAを設立。「マーキュリー計画」を立て、ソビエトを猛追し始める。しかしそれでも先に有人宇宙飛行に成功したのはソビエトだった。1961年4月、ボストーク1号でユーリ・ガガーリン少佐が地球を一周し、見事に生還したのである。
だがアメリカも負けてはいなかった。ひと月も経たないうちに、フリーダム7でアラン・シェパード中佐が有人宇宙飛行に成功、アメリカの新大統領ケネディは、「アメリカは10年以内に月へ行く」と就任演説で高らかに宣言する。
その頃東ベルリンには「ベルリンの壁」が作られ、冷戦の激化と共に、核戦争勃発の危機が迫ってきていた…。

第4回「月面着陸」(RACE FOR THE MOON)
フォン・ブラウンはサターン・ロケットで、コロリョフはN1ロケットで、人類初の宇宙遊泳、有人月周回飛行、そして月面着陸を狙っていた。
しかしコロリョフはフォン・ブラウンと違い、予算面で必ずしも優遇されなかった。ソビエト共産党指導部から、新しい技術の開発よりも、すでにある技術のフル活用を命じられた。しかしそのような苦境にあってなお1965年3月レオノフが人類初の宇宙遊泳に成功したのだ。ようやくコロリョフは党指導部から満額ではないものの予算を獲得し、N1ロケットの製造に着手するも、コロリョフは健康を害し1966年1月にこの世を去る。続いてガガーリンも飛行機事故で失いソビエトの宇宙開発は迷走していく…。
一方、フォン・ブラウンはジェミニを開発、続いてアポロ計画の遂行にまい進する。1968年12月、アポロ8号で初の有人月周回飛行に成功、1969年7月にはアポロ11号が人類初の月面着陸に成功し、星条旗が月面にひるがえった。


制作:BBC(イギリス)/チャンネルワン ロシア(ロシア)/ナショナル ジオグラフィック チャンネル(アメリカ)/NDR(ドイツ)2005年



(2006年3月放送)

*208分
*日本語吹替え版

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