『京都人の密かな愉しみ Blue 修業中 祝う春』DVD発売記念 ファンミーティングレポート

2.『京都人の密かな愉しみ』制作の裏話、そして京都の魅力とは
――大原千鶴さんトークショー

――大原さん、今日はお着物でいらしていただきました。

大原:はい、今日は暖かいですね!京都で今朝天気予報を見ましたら今日の東京は気温が上がるようでしたので、少し涼やかなものを着てまいりました。

――大原さんは『京都人の密かな愉しみ』の料理監修をすべて手掛けていらっしゃるわけですが、それ「以上」に存在感を放っていらっしゃるのが、松尾アナウンサーとの料理のミニコーナー。松尾アナウンサーとの掛け合いが本当に面白かったです。

大原:普通に「素」でやっているだけなんですけど、みなさん面白いと言ってくださいます。何も台本も何もないんですよ。料理を何にするかもドラマの季節に合わせて私が提案していますし、話す内容も自由にやらせていただいています。ただね、松尾さんが面白いじゃないですか。ほんまにね、なんにも知らはらへんじゃないですか、京都のこと、なんにも!(笑)。だから「いじり甲斐」があるというか。知ったかぶりもしはらへん上に、淡々と、知らないことも恥ずかしがりもせずにいらっしゃるのがかえって面白くて、私自身も楽しませていただきました(笑)。

――料理コーナー撮影のハプニングなどはありましたか?

大原:いろいろありましたよ。『祝う春』でおかゆを炊くときに、注文して作ったばかりの伊賀焼の土鍋を使ったら、「おかゆは絶対吹きこぼしたらあきません」と説明していたのに、その横で鍋からおかゆが吹きこぼれてしまったということがありました(笑)。お鍋の性能が良すぎたんですね。それから『送る夏』で作った「牛肉とトマトのすき焼き」では、収録が始まってカメラがもう回っているのに、途中で万願寺唐辛子を切っておくのを忘れていたことも。全部そのまま放送され、DVDにも収録されていますけどね(笑)。

――ドラマの料理監修というと「見た目重視」ということもあるようですが、「大原さんの料理は本当に美味しかった!」と聞いています。

大原:撮影が終わると、スタッフの皆さん、撮影で使った料理を召し上がっていましたね。ドラマの料理監修をさせていただくのは『京都人の密かな愉しみ』が初めてだったんですが、とても勉強になりました。ドラマでは1つのシーン数秒を撮影するのにも、例えば向かい合っている登場人物をそれぞれの方向から撮影したあと、今度は二人一緒にカメラにおさまるようにして撮影をして、それから料理だけで撮影をして……と、何度も撮影をするんですね。なので、料理もたくさん用意しなくてはいけないですし、例えば食べかけているシーンだったらその食べかけから同じように作らなくちゃいけない。本当にたくさんやらなくてはいけないことがあって、自分も学ばせていただきました。ドラマは見ているのは一瞬ですけれども、細部まで目を凝らしていただくと、こだわりがあって面白いものだなと思います。

――大原さんご自身が出演もされていましたね。

大原:あれはギャグです(笑)。監督が面白がって「やってもらおう」とおっしゃるので、シリーズ第一作目の和菓子屋さんのシーンに、一瞬ですが出演しました。まぁ、そのあとはもうオファーが来ませんでしたけどね。やっぱりむかへんかったんやな、と思います(笑)。

――ご出演は初めてだったんですよね、緊張はされませんでしたか?

大原:緊張はしませんでした。私、緊張はあんまりしないので。一番苦労したのは、『月夜の告白』で、河原で笛を吹いている人にお弁当を毎日届けるというストーリーに登場した「お弁当」です。お弁当を4種類作るにあたっては、お弁当の中に「相手への気持ちの高ぶり」を表現したい、と思いました。最初はかわいらしく、それからだんだん盛り上がるにしたがって凝っていく。そして最後に旦那さんに作るのは、本当に普通の、家庭的なお弁当にしようと。お弁当の中身について、監督からなにか指示があるわけではないのですが、台本を読んで登場人物の気持ちを自分なりに解釈してそのようにしました。登場する料理についてはまかせていただき、料理を通じてドラマ作品の表現の一部を自分も担っていることを、うれしく思っています。

――『京都人の密かな愉しみ』に大原さんの実際のエピソードが盛り込まれているそうですね。

大原:『冬』のケーキ屋さんのストーリー「えっちゃん」。私はむかしケーキ屋さんでアルバイトをしていたことがあるんですが、そのときの「えっちゃん」という友達が、30年経ったいまでもそこで働いていますよ。 それから、先ほどもお話しした鴨川にお弁当を届けるストーリーは、私が監督にお話ししたエピソードがもとになっています。私は鴨川が好きで、お弁当を持ってよく鴨川に行っていたんですね。そうしたら橋の下で笛を練習している方がいらして、その音色が本当に素敵だったんです。あまりにも素敵だったので「美山荘」で演奏してもらったくらい。その話から監督がインスピレーションを受けて、あの鴨川にお弁当を届けに行くあのストーリーにつながりました。もちろんあのストーリーが全部実話というわけではないです。私、お弁当を毎日届けたりしていません(笑)。私の話したことから監督がイマジネーションを膨らませてあのようなストーリーを作られた、ということです。監督は本当に天才ですね。そのストーリー作りの「お手伝い」がちょっとできたかな、と思っています。

――『京都人の密かな愉しみ』のなかで、ほかに大原さんから見て印象に残っているシーンはどこですか?

大原:京都の人たちは、ふつう京都のドラマを見ると「イントネーションがちがう」とか「こんなんせえへんわ」って絶対思うんですよね(笑)。「だからイラっとするから見いへん」とか言わはるんですけど、「『京都人の密かな愉しみ』はええわ」と皆さん言ってくださいます。回を重ねるごとに「あの番組なら」と言ってくださる方が増えて広がっていますし、ふつうならOKしてもらえないようなところも撮影に協力してくださっています。たとえば「五山送り火」の火をつけるところなんて、神聖なところですからなかなかカメラは入れません。でも『京都人の密かな愉しみ』ではその撮影も行なっています。やはり「本物」ですから、映像で見ても迫力や臨場感が違いますよね。ドキュメンタリーとドラマが融合している、素晴らしい映像になっていると思います。これはなかなかできることではありません。そういった事情をご存じない方が見ても、違いが感じられるシーンだと思います。

――『京都人の密かな愉しみ』のミニコーナーなかで京都に住んでいる人たちのことについてもお話しされていますよね。

大原:よく「京都の人はいけず」とか「ぶぶ漬伝説」とか言われるんですが、京都の人たちはあまりズケズケと中に入ってこられるのがいやなんだと思います。例えば京都の町では「門掃(かどは)き」と言って家の前を掃くとき、お隣の前は一尺(約30センチ)だけはお互いに掃くんですけれど、その先はようけ散らかっていても掃かへんのですよ。やりすぎると気を遣わせますしね。あとは隣近所で仲良く楽しく立ち話をしても、あまりこみいった話はしないですね。なんでもない話で1時間ぐらい平気でおしゃべりするんですが、人の家に上がり込んだりはしないです。玄関まで、というのがマナーです。それで「そろそろ帰ってほしいなあ」となって「ぶぶ漬でもどうどす」いうたら「あ、そろそろやな」と思って帰る……それが当たり前のことになっているんですね。「合言葉」やと思ってます。

あと『京都人~』の中でもお話ししたかと思いますが、京都の人になにか勧めたときに「いや、よろしいなあ。また考えときますわ」と言われたら、それは「お断り」なんです。つまりそういうことがわかっているから、きついことを言わなくても円滑に世の中が回っていくんです。そういう中にいるので、あまりそういうことを知らない人から、後になって「この前『考えておく』と言わはりましたけど、あれどないなりましたやろ」なんて言われると、「かなわん、この人」と思うんです(笑)。よくわかっている人同士のつながりを大切にしているので、「一見さんお断り文化」みたいなのがあるんでしょうね。

――ところで、大原さんは京都・花背のご出身とのことですが、花背というのはどんなところですか?

大原:想像を絶する「山の中」ですね。小学生の時は、片道4キロの道のりを1学年4人というような小学校まで通っていたくらい、人家のないところです。私の弟が実家の料理旅館「美山荘」を継いでいますが、「美山荘」では川のせせらぎ、初夏には河鹿の声をききながら、ゆっくりした時間を過ごしていただきたいと思って、部屋にテレビも置いていません。山の空気に囲まれて、山の中の食材で、雰囲気を感じながらゆっくり過ごしていただきたいと思っています。ミシュラン2ツ星をいただいたこともあり、おかげさまで日本全国、世界中からお客様に来ていただいています。

――大原さんが花背で過ごされていた小さい頃は、どんなお子さんでしたか?

大原:小さい頃から食べることは好きでしたね。近所の友達の家も遠くて遊びにも行けないし、料理旅館でしたからお皿洗いなどやらなくてはいけないことは本当にたくさんあって、自然とそういった手伝いをしていましたね。小学校4年生のときには週末のまかない20人分を作っていましたよ。

――え?小学校4年生で!? ではお料理の道に進まれるのは自然の流れだったのですね。

大原:「料理研究家」としての仕事を始めたのは、結婚してからです。主人の母の介護と子育てに追われていましたが、それだけで1日が終わるのではなく、「仕事をして外の世界にむけて表現をしていきたい」という気持ちがあって、「料理研究家」として仕事を始めました。世の中「料理研究家」の方ってたくさんいらっしゃるので、私も最初はおしゃれな料理もしてみようかなと思ったこともありました。でも聞いたこともない調味料を1度使っただけで終わるみたいな(笑)、そういうのは無駄やなと思ってきて。私自身も介護と育児の両立で、「外にごはんを食べに行きたいけれど行けない」「家で美味しいもの食べたいけど、時間もないし手間もかけたくない」……そう思っていたことを伝えていこうと思うようになりました。いまは働く女性、男性の方でも、自分がふと思い立ったときにやってみようと思える料理を伝えていきたいと思っています。

大原:私、「衣食住」の中では、「食べること」がいちばん大事だと思っているんです。いくら豪邸に住んでいても食べるものが出来合いのものばかりだったり美味しくなかったりしたら、悲しいと思うんですよ。まあ「豪邸」に実際住んだことはないんですけどね(笑)。衣服は清潔であればいいし、住むところは簡素なりに工夫を凝らしたらいい。でも「食」も、ぜいたくでなくても手に入るものでいいから、ささっと料理して美味しく食べられる、自分の感性やちょっとした技術、センスみたいなものがあれば、毎日が幸せになるなと思うんです。毎日忙しく働いていて、「今日もこんなもの食べてしもた」と思うのではなくて、一日の終わりにほっとできるようなお出汁を飲むだけで幸せになれる――そんなことをみなさんにわかっていただきたくて、仕事をしています。

――大原さんご自身も非常にお忙しいなかで、「大原さんがほっとする瞬間は?」という質問がお客様から寄せられています。

大原:みなさんもうご存知だと思いますが……。私は昼間とても忙しくしていても、夕暮れてまいりますと心がときめいて、料理を作りながら「プシュッ」とやったり「とくとくとく……」とやったりしながら(笑)、それが楽しい時間です。そのために1日を生きているという感じです。

――お酒は結構飲まれるんですね?

大原:いえいえ、そんな、嗜む程度です(笑)

――もうひとつうかがってみたいと思います。「関西にいても京都は近くて遠いイメージがあります。京都の方から見た京都の魅力はどんなところですか?」

大原:京都は歴史のある町ですし素敵な社寺仏閣もたくさんありますが、一番の魅力は「ひと」だと思います。「ひと」が面白い。『京都人の密かな愉しみ』は、これまでお寺やお庭を取り上げる番組が多かった中で、「ひと」に焦点を当てているのが、人気が出たひとつの要因だと思います。私が京都で仕事をしていると、雑誌などの撮影のために4~5か月先の料理を用意しなくちゃいけないことがあるんです。季節外れの野菜を用意しなくてはいけないことも多いんですが、そういうときでも電話一本で「男前の蕪、五つそろえといて」と言えばそろえてくれはるし、お魚でも「こういう処理をしたものをこれだけ持ってきて」と言えばしてくれはる。器を金継(きんつぎ)するときも「この程度」というのがあうんの呼吸で全部できるんですね。着物もそうです。たとえば着物のしみ抜きに出したら、言われたたところ以外にも「こうしとかはったほうがよろしいで」と言ってくれはったり。共通の美意識の中のやりとりがしっかりしているんですね。みんな職人さんで技術も高いですし、「Blue 修業中」のストーリーのように大変な時期を乗り越えてきている。でもぜいたくするわけではなく、ちゃんと仕事をして……そういったことを、みんなの中でわかりあいながら生きている。それが京都です。それで私は正直、もう京都以外ではあんまり住まれへんかな、と思っています。

――ガイドブックに載っていないような、京都の方だからこそ知るおすすめスポットはありますか?

大原:桜や紅葉の時期、「名所」と言われる円山公園や永観堂はものすごい混雑で、入るのも恐ろしいくらいなので(笑)、京都の人はそういうところは時期になったら「近づかんとこ」っていう感じですね。ご存じのとおり京都の町は碁盤の目に整備されていて、ふつうに町を歩いているだけでもきれいで、景色がおさまっていると感じます。なので、近所の公園とか鴨川、植物園などのほうが、人も少なくて、お金もかからず、ゆっくりできると思いますよ。

――最後に、「京都人・大原千鶴の密かな愉しみ」を教えてください!

大原:「プシュッ」の話はもうしてしまいましたね。あまり「“密かな”愉しみ」でもなかったですし。そうですね…、あ、思いつきました。「寝ている子どもの布団にこっそり入ること」ですね(笑)。いま、大学生、高校生、中学生の3人の子どもがいるんです。子どもが小さなころは寝ている子どものお布団に入るのって、あたたかくてとっても幸せだったんですが、大きくなると嫌がられるんですね。でも、学生って朝なかなか起きないでしょう? それで朝、子どもの布団に入るんです。「お待たせしました~」とか言って(笑)。すぐに飛び起きますよ。効果絶大です。

――今日は本当に楽しいお話をどうもありがとうございました。

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