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大河ドラマ 信長 KING OF ZIPANGU 完全版 第壱集 DVD-BOX 全7枚

商品番号:09913AA
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大河ドラマ 第30作 『信長 KING OF ZIPANGU 』
戦国最大の英雄・織田信長が初めて大河ドラマの主人公として登場した作品。1992年放送・完全版 第壱集。

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「うつけ者」と呼ばれた幼少期から、骨肉の抗争を経ての尾張統一、桶狭間で今川義元を討ち取り、日の出の勢いで天下統一への道を駆け登り、本能寺で生涯を終えるまでを描く。信 長役の緒形直人、豊臣秀吉役の仲村トオル、徳川家康役の郷ひろみというキャスティングが話題を呼んだ。

【収録内容】
■DISC.1 (176分)
第1回 『ジパング』
1585年(天正13年)3月23日、キリシタン天正少年使節がローマ教皇グレゴリオ十三世に謁見。その45年前1540年(天文9年)、ポルトガルに黄金の国ジパングを夢見る一人の少年がいた。後に織田信長と出会う宣教師ルイス・フロイスである。その頃の日本は戦国乱世・下克上の時代。尾張・那古野城の吉法師(後の信長)は、父・信秀から武将の心構えを叩き込まれる日々を過ごしていた。1547年(天文16年)9月、信秀は美濃・稲葉山城を攻めるも斎藤道三の前に敗退。信秀は斎藤家との縁結びを道三に申し入れ、15歳になった信長は道三の娘・帰蝶を花嫁に迎える。

第2回 『親父の死』
織田家の明暗を易占う存在として君臨する祈祷師・加納随天。その随天に導かれながら守護代家を凌ぐ日の出の勢いで勢力を拡大した父・信秀は、信長が19歳の時に原因不明の病で世を去る。喪主の役目も果たさずに那古野城に戻った信長は、試し撃ちの鉄砲の音に父との日々を重ねあわせていた。そして、荒々しい姿で葬儀の席に現れて祭壇に抹香を投げつける。

第3回 『抗争のはじまり』
女踊りに鷹狩り・・・奇矯なふるまいの信長は尾張の大うつけと称されていた。家督相続にも親戚筋から異議の声が起き、弟・信行は己が家督を継ぐと宣言。これを好機と清洲城・守護代家は信長の命を狙う。随天の進言で織田家棟梁となった信長は内と外に争いの火種を抱えることになる。そのころザビエル神父一行は山口で布教活動を始めていた。

■DISC.2 (175分)
第4回 『切腹』
ついに信長は守護代・織田信友と戦うことになった。信長の叔父・織田信光は加勢の出陣を促す使者の平手五郎右衛門に向かい、その父・平手政秀を侮唇する暴言を浴びせた。戦いは信長の勝利で終結。戦勝祝いの席で、信光は再び「信長がうつけなのは家老の平手政秀が大うつけのためだ」と罵る。五郎右衛門は屈辱に耐えきれず、帰途についた信光の暗殺を企てる・・・。

第5回 『まむしの道三』
信長の正室・帰蝶の父 斎藤道三は、大うつけという噂の真意を確かめようと信長に会見を求めた。道筋の納屋に隠れた道三は会見に赴く信長を見る。髪は茶筅まげを結い、荒縄の帯に瓢箪を下げ、信長は悠然と馬上にいた。ところが信長は会見の場に正装で現れる。信長を見込んだ道三は「今川が動けば兵を送る」と援助を約束する。

第6回 『大名への第一歩』
尾張守護の斯波義統が織田信友によって暗殺された。それは義統の嫡男・斯波義銀が家臣を率いて川狩りに出かけ隙であった。義銀に救いを求められた信長は守護を討った謀反人として清洲城の明け渡しを要求。その城を包囲し続けた。1554年(天文23年)5月、再開された戦いは織田信光の裏切りにより追い詰められた信友が自害。この勝利で信長は事実上、尾張下四郡を制した。

第7回 『目には目を』
信長は、父・信秀が果たせなかった清洲城の開城に成功。それは尾張統一の始まりであった。清洲城主となった信長に、叔父の信光は領土分配の不服から敵意をあらわにした。信長は「若き者が集まり、新しき国づくりを進めるための第一歩」と信光を討つ決意をする。そして、前田利家と丹羽長秀に信光を密かに葬るように命じる。

■DISC.3 (175分)
第8回  『鬼の栖』
叔父・信光の暗殺は家臣の乱心によるものとされた。このころ帰蝶の故郷・美濃では斎藤義竜が信長を討とうと画策。それを戒めた道三は「悪鬼]と罵られ、愕然として稲葉山城を後にした。信長と信行の兄弟では、熱田の港を欲する弟・信行のわがままに信長が敵意を覚えはじめていた。そんな中、叔父・信次の家臣らが悪戯半分に射掛けた矢に、信長の弟・喜六郎が倒れる。

第9回  『道三敗死』
喜六郎の死で信次が守山城を出奔した。信行は信長ヘの不信感を募らせていく。美濃では父・道三への憎しみを募らせた義竜が弟の孫四郎と喜平次を殺害。鷺山城の道三は急ぎ兵を集めるが主だった豪族は義竜の側についてしまう。道三に援軍を求められた信長は、美濃ヘ向かった。しかし時すでに遅く、長良川での合戦に敗北した道三は無念の最期を遂げる。

第10回 『骨肉の争い』
勢力を拡大する信長に、身の危険を感じた信行は、家臣たちを前に「いま力を合わせ戦わなければ、いつ殺されるか分からぬ」と戦いを促す。そんな折、守山城の信時が家老・角田新五に斬殺される。これを信行の仕業と考え激怒する信長、かたや信行は信長の仕組んだ策略と思い敵意を向ける。ついに信長と信行の軍勢が対峙。兄弟による骨肉の争いの始まりであった。

第11回 『弟よ』
信行の謀叛は母の懇願により不問に付すこととなった。しかし1557年(弘治3年)秋、信行が再び謀叛の動きを見せる。弟の二度までの謀叛は、母・るいの策謀ではないかと疑った信長は先手を打つ。「信長、病に倒れる」の噂を流して信行を清洲城に誘き出し自らの手で抹殺。それから問もなくして、しの(生駒の方)が信長の嫡男・奇妙(信忠)を出産した。

■DISC.4 (175分)
第12回 『尾張統一』
1558年(永禄元年)春、信長は嫡男・奇妙を産んだしのを正室として迎え入れる。そんな折、美濃の斎藤義竜と尾張上四郡の守護代・繊田信賢が手を結んだ。これを浮野での決戦で征した信長は尾張をほほ統一。翌年、尾張平定を幕府へ報告するために池田恒興たちを従えて上洛の途につく。その頃、駿河では今川義元が尾張攻略の機を探っていた。

第13回 『桶狭間の戦い(前)』
1559年(永禄2年)3月、将軍・足利義輝に拝謁した信長一行は、京から奈良、大坂を回り、商いで活気溢れる堺へと赴いた。都から戻った信長は岩倉城を落とし、晴れて尾張統一を果たす。1560年(永禄3年)5月、駿河の今川義元が大軍を率いて尾張への侵攻を開始。最前線の丸根砦が今川軍の先鋒、松平元康の三河勢に奇襲され、重臣・佐久問盛垂が討死する。

第14回 『桶狭間の戦い(後)』
丸根・鷲津砦で戦いの火蓋が切って落とされた。 織田家存亡の危機に際して熱田神宮に戦勝を祈願した信長は天運を味方につけた。嵐の如き豪雨の中、今川軍の陣中に強襲をかけた信長軍に今川義元はあえなく討ち取られる。桶狭間での見事な戦いぶりは信長の名を全国に轟かせるとともに、後の運命を大きく変えることになった。

第15回 『家庭の問題』
桶狭閏の戦勝祝いの日が来た。信長は「この強い運気が消えぬうちに美濃を攻める」と重臣たちに告げる。桶狭聞の戦いの武勲により、前田利家と丹羽長秀が重臣に列せられ、藤吉郎は足軽組・小頭となった。 祝宴の夜、母・るいと随天の不義密通を目撃した信長は激怒し、随天を斬り捨てる。そして、の不名誉は信長一人の胸に納められた。

■DISC.5 (175分)
第16回 『神の戦士たち』
桶狭間の戦いが起きる約半年前。堺の港に着いたヴィレラ神父の一行は、都での布教許可を得ようと比叡山を目指した。 比叡山は日本の仏教の中心地と信じていたからであった。間違った情報に翻弄され、試練の日々が続いた。ところが好奇心旺盛な将軍・義輝は、南蛮人に興味を示し、思いがけない拝謁が叶う。しかも、都での布教を許されたのであった。

第17回 『妖怪のクリスマス』
今川義元を討った直後ながら美濃攻めに着手した信長は苦戦していた。祖父 信定から死んだはずの随天が生きていると告げられ、信長は随天の不気味な力を実感する。そんなある日、藤吉郎の配下が山小屋で妖怪を目撃する。そのころヴィレラ神父たちも仏教徒から妖怪と罵られ苦しんでいた。それでも、日本の都で初めてクリスマスのミサを開くことが叶った。

第18回 『和平同盟』
1561年(永禄4年)、冬。信長のもとに三河の松平元康から和睦を願う使者が訪れた。両者の重臣たちは尾張・鳴海城で和睦の協議を重ねた。そんな中、美濃の斎藤義竜が急死を知った信長は、この機を逃さず美濃攻略に出陣。義竜の嫡男・龍興との合戦が続いた。年が明け、元康が清洲城を訪ねて来た。信長は「友、遠方より来たる」と喜び、 和睦の杯を酌み交わす。

第19回 『信長北上』
小谷城主・浅井長攻ヘ信長の密書が届けられた。妹・お市を嫁がせ、背後を固め、美濃攻略に専念する狙いであった。そんな折、二人の正室「帰蝶」と「しの」の争いが表面化。帰蝶は清洲城を出て堺ヘと旅立ち、信長は美濃に近い北の小牧山城に移った。その年の6月、ルイス・フロイスが九州の地に着く。ポルトガルを出て16年目のことであった。

■DISC.6 (175分)
第20回 『伴天連フロイス』
フロイスは九州の横瀬浦教会に身を寄せた。横瀬浦はキリシタンに改宗した大名・大村純忠の保護の下にあり、ポルトガル船の寄港地であった。しかし大村家に謀叛が起き、身の危険を感じたフロイスらは、南蛮船に逃げ込んだ。そのころ信長は朝廷より所領の回復を任じられ天下を見つめ始めていた。そしてフロイスも京の都へ向かっていた。

第21回 『将軍暗殺』
1565年(永禄8年)、元旦。京の都に着いたフロイスは将軍に拝謁。その年、美濃攻めに全力を尽くす信長のもとへ越前・朝倉義景の家臣、明智光秀が将軍家からの書状を携え訪れた。これは将軍を守るために上洛を求める書状であった。しかし将軍・足利義輝は松永久秀らによって暗殺されていた。1566年(永禄9年)5月、しのが帰らぬ人となる。

第22回 『美濃攻略』
西美濃の曾根城主・稲葉良通が森可成の説得に応じて信長軍につく。西美濃衆を味方につけた信長は稲葉山城を包囲する。逃げ場の山城を藤吉郎によって落とされた斎藤龍興は敗れ、美濃斎藤家は滅びた。美濃攻略に着手してから10年の歳月が流れていた。信長は、稲葉山城下の井ノロを岐阜と改名。そんな折、再び明智光秀が上洛を求めてきた。

第23回 『京への道』
美濃を平定した信長は焼け野原となった岐阜の復興に着手した。渋々ながら緑組を受け入れた浅井長政とお市の婚儀が執り行われる。信長は、ついに足利義秋(後の義昭)を奉じての上洛を決意。家臣の滝川一益は北伊勢を破竹の勢いで征圧。少しずつ京への道が開かれようとしていた。信長は随天を呼んで易占いをさせる。随天は予言したのは・・・。

■DISC.7 (175分)
第24回 『天下布武』
明智光秀は上洛を渋る朝倉義景から信長のもとへ出奔。幕臣・細川藤孝の計らいで越前を離れた足利義昭は美濃に移り、光秀は信長の家臣として迎えられた。信長はこの頃から「天下布武」の印を用い始める。1568年(永禄11年)9月、信長は天下布武を実行に移す。2万5千の軍勢を率い義昭に服しない六角承禎を破り、7日余りで近江を平定し上洛を果たした。

第25回 『野望』
信長は上洛すると休む問もなく三好三人衆を京から追い払い、先の将軍・義輝を殺した松永久秀を恭順させる。朝廷より征夷大将軍を賜り第十五代足利将軍となった義昭は、信長に管領職さらに副将軍の座を用意した。しかし信長はこれをことごとく辞退、代わりに堺、大津、草津を所望する。信長にとって、幕府など無用の長物だったのである。

第26回 『信長を見た』
本願寺と堺に巨額の税を課した信長。その支配を嫌った堺の会合衆は戦いも辞さぬ構えを見せた。1589年(永禄12年)1月、三好三人衆と斎藤龍興が将軍家御座所を襲った。急ぎ上洛して新御所の建設を命じた信長は義昭に「殿中御掟」を認めさせて将軍家の権限を拘束した。宣教師フロイスが時代の陣頭指揮を執る信長と出会うのはこの頃である。

第27回 『対決』
高山飛騨守の力添えで信長と会見し、都での布教を許されたフロイスは都の教会に戻った。信長は天下を守るためならば「古く澱むものを容赦なく薙ぎ払い、新たな秩序を打ち立てる」という覚悟であった。明智光秀は将軍・義昭と越前朝倉の不穏な動きを察知し、その証拠をつかむ。その年の夏、信長は伊勢を平定。天下ヘの号令を行う信長と義昭の間に亀裂が起きようとしていた。

【出演】
緒形直人、菊池桃子、高橋惠子、二谷英明、的場浩司、滝田 栄、鷲尾いさ子、若村麻由美、仲村トオル、中山美穂、高木美保、橋爪 淳、杉本哲太、田中 健、本郷功次郎、篠田三郎、マイケル富岡、郷ひろみ、柴 俊夫、林 隆三、船越英二、宇津井健、芦田伸介、平幹二朗 ほか

原作・脚本:田向正健
音楽:毛利蔵人

○1992年 放送

*DVD7枚組
*収録時間本編1226分/カラー

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